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名古屋地方裁判所 昭和49年(ワ)567号 判決

主文

原告に対し、被告稲山忠は金二九一万〇、〇六四円およびこれに対する昭和四九年三月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を、被告豊嶋運送株式会社は金三二五万四、五一六円およびこれに対する昭和四九年三月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を各支払え。

訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の負担とし、その七を被告らの負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは各自原告に対し、金四六六万六、〇二五円およびこれに対する本訴状送達日の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  被告稲山

原告の被告稲山に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告と被告稲山との間に生じたものは原告の負担とする。

2  被告豊嶋運送

原告の被告豊嶋運送に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四八年一月二九日午後三時二五分ころ

2  場所 豊川市白鳥町下垂四一番地付近道路(国道一号線)

3  加害車(甲車) 被告稲山運転の普通乗用自動車

4  加害車(乙車) 訴外高橋明正運転の大型貨物自動車

5  被害者 甲車に同乗していた原告

6  態様 被告稲山は甲車を運転し、右道路を走行していたが、同一方向に最高制限速度を超える毎時五〇キロメートルで先行進行中の乙車を追い抜くため、同車が右へ寄ることを予想し得たにも拘らず、右制限を超える毎時六〇キロメートルに加速して同車と併進して進行し、他方訴外高橋は右後方の確認を怠り、乙車を右に転把したため、乙車の右側前部角付近と甲車の助手席扉付近とが接触し、この衝撃により甲車が対向車線に突入して、折柄対進してきた大型貨物自動車(ダンプクローリー)と衝突し、原告は、右二回の衝撃により後記の傷害を負つた。

二  責任原因(自賠法三条による共同不法行為責任)

1  被告稲山は甲車を保有し、自己のため運行の用に供していた。

2  被告豊嶋運送は乙車を保有し、自己のため運行の用に供していた。

三  原告の受傷

1  原告は本件事故により、左股関節脱臼骨折、左脛骨顆間隆起骨折、左坐骨々折、右第七肋骨々折、脳震盪症、頭部、左下腿挫創の傷害を受けた。

2  この治療のため、昭和四八年一月二九日から同年五月一九日まで一一一日間入院し、内右入院初日から同年三月二二日までの五三日間は附添看護を要する重傷であつた。

3  右退院後、在宅にて医者の指示によりパラパツクを使用して温熱療法及び機能訓練を継続し(その間二日間通院)、七二日を経過した同年七月三〇日症状固定として治癒と診断された。

4  原告は前記傷害により、身体に左股関節の中等度の機能障害、左膝関節の軽度の機能障害、左下肢の筋力の軽度の低下、左大腿骨々頭の変形を遺し、このため跛行、長距離歩行困難、あぐら困難、和式トイレ使用困難、階段の昇降時に軽度の左股関節痛および左膝関節痛の後遺障害がある。

四  損害

1  逸失利益

(一) 休業損害 九七万六、四七〇円

原告は昭和二五年から大工職を修業し、その経験に基づいて建築業を自営していたものであつて、自己資本による物的設備を使用し、專従職員としては妻に事務を担当させるのみで、自らの労力と傭入人夫とで請負工事を完成し、独力で収入を得てきた。従つて原告の受傷により、右営業が全くできなくなつたところ、本件事故当時一か月平均一六万二、七四五円の収入を得ていたから、前記治療期間の六か月間に九七万六、四七〇円の収入を失つた。

なお、右平均月収は、昭和四五年から三年間における売上高から、休業によつて節減し得る経費(総経費から、休業によつて節減し得ない経費、即ち、水道光熱費、損害保険、減価償却費、利子割引料、地代家賃、法定福利費、燃料費を控除したもの)、を差し引いた金額を一か月に平均して算出したものである。

(二) 将来の逸失利益 一七二万七、七三三円

原告は前記後遺障害のため、その労働能力を三五パーセント喪失したものであるところ、症状固定当時四六歳で、就労可能年数はその後二一年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると九六四万〇、四九三円となる。

そこで本訴においては、昭和四八年八月一日から昭和四九年三月三一日までの八か月間の逸失利益四五万五、六八六円と、同日以降二年間の逸失利益(前記中間利息を控除したもの)一二七万二、〇四七円との合計一七二万七、七三三円を内金として請求する。

2  慰藉料

(一) 傷害(後遺症を除く)による慰藉料 一〇〇万円

(イ) 前記のとおり一一一日間入院したうえ、退院後七二日間通院及び自宅治療をし、このため精神的、肉体的苦痛をこうむつた。

(ロ) また、前記の営業形態であつたため、入院と同時に当時継続していた事業も放棄して他に委ねざるを得なくなり、このため得べかりし利益を失つた経済的損害によつても精神的な苦痛をこうむつた。

(ハ) 更に、六か月間の従来の業務からの離脱により顧客を失うと共に後遺症による従来の業務執行の不便から、職業の転換を余儀なくされ、新たな職業の選択ならびにその履行によつて精神的苦痛をこうむつた。

(ニ) 以上の肉体的、精神的損害は綜合して一〇〇万円を以て慰藉されるべきである。

(二) 後遺症による慰藉料 一一五万一、八二二円

後遺症による慰藉料は、これと後遺症による将来の逸失利益との比率を四対六と考え(昭和四八年一月一日改正の政府の自動車損害賠償事業損害填補基準第二の2を援用)、同逸失利益の内金一七二万七、七三二円を基準にして算出された一一五万一、八二二円とすべきである。

(なお、治療費は被告らの責任保険から支払われ、付添看護費、諸雑費、栄養補給費、交通費等は被告稲山から見舞金を受領しているので請求しない。)

五  損害の填補

原告は自賠責保険から後遺症保険金として一九万円の支払を受けた。

六  結論

よつて、請求の趣旨記載の判決を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一  被告稲山

一の1ないし5は認める。6のうち交通事故が発生したことは認め、その余は否認する。

二の1は認め、2は不知。

三、四は不知。

二  被告豊嶋運送

一の1ないし5は認める。6のうち、甲車が乙車の後方から猛スビードで追越にかかり、対向車線に進入したこと、および折柄対向車線上を走行中の大型貨物自動車(タンクローリー)に衝突したことは認め、その余は否認する。

二は認める。

三、四は不知。

第四被告らの主張

一  被告稲山

1  免責

被告稲山が本件事故を起したのは、相被告会社の従業員である訴外高橋の過失によるものであり、被告稲山に過失はない。

本件事故は、被告稲山運転の甲車が訴外高橋運転の乙車を右側より追抜こうとした際、訴外高橋が、右後方確認を怠り、中央線側に寄りすぎたために甲車に自車を接触せしめ、その衝撃により甲車を対向車線に突入せしめ、よつて対向車線上を進行してきた大型貨物自動車(タンクローリー)と正面衝突せしめるに至つたものである。

甲車が、乙車を追抜き態勢に入つた際(甲第一号証の三添付図面〈1〉点)訴外高橋は右バツクミラーで甲車を発見しているのであり(甲第一号証の七、第四項)、このような場合訴外高橋としては、進路変更の合図をするのみならず、右後方車の接近に注意し、追突等の危険を避けて安全に運転すべき注意義務がある。

しかるに、訴外高橋は、単に右進路変更の方向指示器をだしたのみで(甲第一号証の七第四項)、被告稲山が当然に乙車の後に続いてくれるものと軽信し、漫然と中央線寄り(右側)に進路変更したために、甲車の発見が遅れて接触させたものであり、本件事故を誘発せしめた責任は専ら訴外高橋側にあるというべきである。

2  仮に被告稲山に責任があるとしても、原告は好意同乗者であるから慰藉料については斟酌されるべきである。

二  被告豊嶋運送

免責

本件事故現場は片側二車線の道路であるが、事故現場附近は工事中の為左側一車線は工事中であり、中央寄一車線は橋梁に続いていたところ、乙車を運転する訴外高橋が後方の安全を確認しつゝ車線を変更し、中央寄橋梁上の車線に進入して同橋梁上を通行中、被告稲山が飲酒のうえ甲車を運転して、制限時速をはるかに超える速度で、後方に接近し、対向車のあることを考慮せず、センターラインを越えて乙車右側から追越にかゝる暴挙に出たゝめ、折から対向するタンクローリーを発見してあわてゝハンドルを左に切り、更に右に転把するなどの未熟な運転をした結果対向車に衝突するにいたつたものである。

乙車の訴外高橋運転者は車の流れに従つて正常に車線上を走行していたものであつて、全く過失がないうえ、乙車には本件事故と結びつくような構造上の欠陥又は機能上の障碍はなかつた。

本件事故はあげて被告稲山が飲酒のうえ反対車線に出て無謀な追越運転をしたことによるものであり、原告はこれを知りながら同乗していたのであるから、いわば自傷行為にでたに等しいものである。

第五被告らの主張に対する原告の答弁

一のうち、訴外高橋に過失があつたとの点は認めるが、そのため被告稲山に過失がなかつたとの点は否認する。

二のうち、被告稲山に過失があつたとの点は認めるが、そのため訴外高橋に過失がなかつたとの点は否認する。

第六証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因一の1ないし5の事実(事故の日時、場所、加害車、被害者)は当事者間に争いがなく、同6の事実(事故の態様)については後記二で認定するとおりである。

二  責任原因

請求原因二の1の事実は当事者間に争いがない。同2の事実は原告と被告豊嶋運送との間では争いがなく、原告と被告稲山との関係では、成立に争いのない甲第一号証の七により認められる。

そこで、被告らの免責の主張について判断する。いずれも成立に争いのない甲第一号証の二ないし八、甲第四号証、乙第二号証、証人高橋明正の証言、原告、被告稲山各本人尋問の結果によれば、本件事故現場は、ほぼ南北に直線で通じる舗装された道路で、中央線により上下線が区分され、更に片側二車線に区分されていること、同道路は交通頻繁で、速度制限毎時四〇キロメートルの交通規制がなされていたこと、同道路(車道)の幅員は一四・六メートルであるが、事故現場付近では道路両端が車道拡幅工事中であつて、通行可能な幅員は一二メートルに狭くなつていたこと、被告稲山は甲車を運転し、右道路の中央寄車線を時速約五〇キロメートルで北進して事故現場に差しかかつたが、前方約二、三〇メートルの左側車線を先行北進中の乙車を追い抜くため、時速約六〇キロメートルに加速して同車の右側を通過しようとしたこと、乙車の運転者訴外高橋は、前記のとおり道路左側車線を運転走行していたが、事故現場付近に至り、工事のため同車線を通行できないので、右へ進路を変更したこと、そのため甲車の助手席扉のつけ根付近と乙車の右側前輪とが接触し、その衝撃により、甲車は対向車線に進入し、折柄対進中の大型貨物自動車(ダンプクローリー)と衝突したことが認められ、以上の事実によれば、被告稲山は、事故現場付近では道路左側車線が工事のため通行ができず、同車線を先行走行中の乙車が右へ進路を変更することを当然予想し得たのに、これを考慮せず、加速して同車の右側を追い抜こうとした過失が認められるが、他方、訴外高橋も、後方安全の確認が不十分のまま進路を変更した過失が認められ、本件事故は右両名の過失により生じたものというべきであつて、結局、双方とも無過失とは言い得ない。従つて、被告らの免責の主張はいずれも認められない。

そうすると、被告らは、自賠法三条、四条、民法七一九条一項により、連帯(不真正連帯)して、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

三  受傷

原告と被告稲山との間では成立に争いがなく、原告と被告豊嶋運送との関係では、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、二、いずれも成立に争いのない甲第五、第六号証、原告本人尋問の結果によれば、請求原因三の1ないし3の事実(傷病名、治療経過、症状固定の時期等)が認められ、更に後遺障害として、左股関節および左膝関節に軽度な機能障害のあることが認められる(なお、前記、左股関節および左膝関節の機能障害は、各々、自賠法施行令別表後遺障害等級表の第一二級七号に該当し、同法二条一項二号二により、総じて第一一級相当に該当するものと考えるべきである。)。

四  損害(損害額の計算では、一円未満を切り捨てる。)

1  逸失利益

原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三号証の一ないし三、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時四六歳の健康な男子で、建築下請業を営み、妻に事務を担当させ、自らと一〇名位の傭入人夫とで工事に従事して収入を得ていたところ、昭和四五年ないし昭和四七年事故前三年間における右営業の売上高は三、三一六万九、八九六円、休業により節減し得る経費(即ち、総経費から休業により節減し得ない減価償却費および地代家賃を控除した残経費)は二、八二七万七、四六九円(なお、原告は、水道光熱費、損害保険、利子割引料、法定福利費、燃料費も休業により節減し得ない経費である旨主張するが、原告は事故による受傷のため、全く右営業ができず、原告所有の事務所、什器はそのままにしてあつたものの、傭入人夫は原告方をやめて他に移り、更に原告は昭和四九年二月右営業を廃業して転職していることが認められるので、同各経費は本件休業により節減し得たものと考えるべきである。)であつて、右三年間の営業純収益は四八九万二、四二七円(33,169,896-28,277,469=4,892,427)であり、月平均は一三万五、九〇〇円(4,892,427÷(3×12)≒135,900)であるが、原告の妻が事務を担当していたことを考慮に入れると、原告個人の右営業に対する寄与率は八〇パーセントとするのが相当であるので、原告の本件事故当時における収入は一か月につき、

一〇万八、七二〇円

(135,900×80/100=108,720)

と認められる。

(一)  休業損害

前記認定の受傷、治療経過等によれば、原告は本件事故により昭和四八年一月二九日から同年七月三〇日までの六か月と一日間休業を余儀なくされ、その間、

六五万五、八二七円

(108,720×(6+1/31)≒655,827

の収入を失つたことが認められる。

(二)  将来の逸失利益

前記認定の後遺障害の部位程度によれば、原告は前記後遺障害のため、昭和四八年七月三一日から少くとも五年間、その労働能力を二〇パーセント喪失するものと認められるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により、年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、

一一三万八、六八九円

(108,720×12×20/100×4.864 5年のホフマン係数≒1,138,689)

となる。

2  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、その他諸般の事情を考え合わせると、原告の慰藉料額は、

一六五万円

とするのが相当であると認められる。

3  損害合計

以上のとおり、本件事故による原告の損害は、

三四四万四、五一六円

となる。

五  過失相殺の準用(被告稲山の関係のみ)

成立に争いのない甲第一号証の五、八、甲第四号証、原告、被告稲山各本人尋問の結果によれば、原告と被告稲山とは同業者であつたことから知り合つたもので、事故当日、ともに某新築披露パーテイに列席し、その帰途、原告が同被告の好意により、同被告運転の甲車に無償で同乗したものであることが認められ、以上の事実によれば、同被告に対する関係では、原告の損害の一〇パーセントを減ずるのが相当であると認められる。

従つて、被告稲山に対しては、原告の損害は、

三一〇万〇、〇六四円

〈省略〉

となる。

六  損害の填補

請求原因五の事実は、被告らにおいて明らかに争わない。従つて、原告の前記損害額から右填補分一九万円を差し引くと、残損害額は、

被告稲山に対し、二九一万〇、〇六四円

被告豊嶋運送に対し、三二五万四、五一六円

となる。

七  結論

よつて原告に対し、被告稲山は二九一万〇、〇六四円およびこれに対する本訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年三月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、被告豊嶋は三二五万四、五一六円およびこれに対する本訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年三月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 熊田士朗)

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